おわりに -5-

◎おわりに(古田 博久)
 
 
 もう17年以上も前のこと(2013年現在)です。私は、あるご婦人の患者さんに出会いました。その方は長年、入れ歯を使ってみえて、若い頃から歯が悪かったのだとお聞きしました。入れ歯では苦労も多く、歯の悩みは尽きない人生だったと。そして、今使っている入れ歯も調子が悪く、食事の時は外しているのだと。『食べる時に入れ歯を外す!?』まだ歯科医になって間もない私は、その話を聞いて衝撃を受けました。いろいろとお話を伺っているうちに、柔らかな雰囲気のご婦人は、唐突に孫娘の結婚式の話をされ始めたのです。素晴らしい結婚式だった。感無量だった。
 
 
 でも、目の前に出された豪華な食事にはほとんど手をつけることができなかった。いつも入れ歯を外して食べている。まさか前歯のない姿でいることもできず、ただ皆がおいしそうに食べているのを見ているだけだった。悲しくて、情けなくて……お話を伺っているうちに私は泣けてきました。 歯医者にちゃんと通って、入れ歯をつくったにも関わらず、どうしてそんなことが起きているのか?  歯医者は飾りの入れ歯をつくっただけだったのか? その結婚式だけではない。今までどれだけ悔しい想いをされたのか……。
 
 
 もし、このご婦人の歯が健康であったのなら、たとえ歯が悪くなってからでも良い歯医者に巡り会えていたのであれば、どれだけ違った人生を送ったことでしょう。まだ技術のおぼつかなかった私は、悔しかったであろういろいろな場面を思い浮かべながら、 ご婦人の入れ歯を先輩歯科医と一緒に想いを込めてつくりました。その後、ご飯が食べられるようになったとお聞きし、新しい入れ歯を入れて笑顔になったご婦人と一緒に喜んだこと、忘れられません。この出来事は、歯は真に身体の一部であり、心も映すほど重要なものであると思い知らされた強烈な体験となりました。
 
 
 私たちは生きています。 常に、体中は代謝され、どんどん新しい組織に置き替わります。骨も1年前のものはもうありません。みんな新しい骨ができて、今の、この瞬間があるのです。ところが、人間は動物ですから誰でも衰えます。 うれしい話ではありませんが、かならず個体の老化は起こります。しかし、そのスピードを遅らせることはできるのです。そして、歯が良いことは老化を食い止めることが実証されています。どの年代の方でも、いつからでも歯やお口の中を健康にさせ、快適な暮らしをするための『予防』はできます。歯のことでいろいろなことを諦める必要はありません。
 
 
 そして、未来あふれる子どもたちの健康は、生まれた瞬間から守ることができます。一生明るく過ごせるために、歯科医療を通して私たちができること。誰もが健康でいられるための『予防医学』を全ての年代の方々に知っていただきたい。その想いを、大学院時代を共に過ごした、杉浦先生、原田先生と、心をこめて一冊の本にしました。歯に関しての疑問があれば、いつでも開いて参考にしていただきたいと思います。皆さんが、ご自身の体や歯の健康に少しでも関心を抱き、よりよい人生を送るための一助に本書がなれましたら幸いです。
 
 
 最後に心打たれたアメリカの著名な歯科医の言葉を紹介します。
 『歯科医院には、歯が歩いてくるのではない。歯を持った人間が来る』
 常に『人』を診るという気持ちを忘れずに、歯科医療を通して世の中に貢献できるよう精進することをお約束し、締めくくらせていただきます。
 
 
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