◎便宜的に抜かれる歯にも存在価値がある
もともと歯の寿命は長く、大切にすれば長持ちします。6歳臼歯と呼ばれる奥歯が1本なくなると、噛む力は35%も落ちるといわれています。何でもおいしく食べられるのは、自分の歯があってこそ。生きる意欲につながります。
見た目の歯並びを治す歯列矯正のときに、生えている健康な歯を抜くといわれることがあります。すでに矯正医にいわれたことのある方もいるかもしれません。一般的な歯列矯正で、「ベンチに座る人」のたとえ話を聞くことがあります。
歯並びがデコボコ、ガタガタの場合、5人座らせたいが、4人しか座れない状態と表現されます。あるベンチに5人座れそうにない。ではあきらめて4人で座ることにしよう。誰か1人、あきらめていただくよ、というわけです。
歯でいえば、余分な歯を1本抜いて、余裕を作りましょう。そうすれば、並びます。ということです。これは一見すると、正しいように思えます。でも、ほんとうに抜くしかないのでしょうか?
健康な歯を抜くとき、抜く対象となってしまうのはほとんどの場合、前から数えて4番目の第一小臼歯(だいいちしょうきゅうし)です。前歯の見た目にも影響が少なく、大臼歯と呼ばれる奥歯ほどどっしりとしていないので、抜いても影響が少ないと思われているためです。特に、日本人には八重歯(やえば)が多く見られます。八重歯のとなり、つまり前から3番目(犬歯)の1本奥の第一小臼歯を抜いて、その抜いたスペースに八重歯を押し込めて並べようということです。もし、上下左右で同じことをすれば、見えている健康な歯を4本抜くことになってしまいます。
たしかに、歯の本数を減らせば歯は並ぶでしょう。このように歯を抜くことを、歯科の専門用語では便宜抜去(べんぎばっきょ)、あるいは便宜抜歯(べんぎばっし)といいます。便宜とは「ある目的や必要なものにとって好都合なこと」です(大辞泉より)。便宜抜歯は、歯を並べるために好都合だから歯を抜くという意味になりますね。しかし、便宜的に抜かれてしまう歯も、かならず意味があって存在しているのです。